“受講形式の変化”に想うこと
みなさん、こんにちは
今回の担当は青沼です。
さて、前回はニュージーランドで5月に行われたTAのワークショップに
ついて触れました。コロナで延期されていたのですが、
この春やっと開催されたので、エイヤっと、仲間と共に
リアル(集合形式)で参加してきた~~と報告しました。
で、今回は、コロナがだんだん落ち着きをみせている昨今の、ワークショップや講座の
開催形式に絡んで、「受講形式の変化と好み」について考えてみます。
みなさんは、今、なにか継続学習のグループやサークルに入っていますか?
私はもちろん、TAに関するさまざまなワークショップに参加したり、自分たちで開催したりしていて、これらは全て集合形式でした。
で、コロナ禍で定着したのは、オンライン受講。
それまでは、どんな学習でも実際に現地に行くか、講師を日本に招聘するかのどちらかでしたが、どちらとも準備や費用の負荷が相当高いのが難点。それが現実でした。
もちろん、それまでにもIT技術に覚えのある主催者がオンライン化しているものもあったと思いますが、ITAA(国際TA協会)では、やはり国際大会などは各国持ち回りのように現地開催が主流でした。
しかし、ちょっと後れを取っていたITAAも、急速なスピードでオンライン化が実現しました。
で、世界中がそうですから、日本の中の講師業界の人たちも必死です。
もちろん私も講師の端くれ。とにかくその流れに必死に付いていきました。
Zoom, Teams,Google meet……
時にはこれらを組み合わせて国際的な会議にも出席したりして……
もう60歳過ぎて、これはなかなかハードワークですの(笑)
でも人間ってすごいと思うのは、〖慣れてくる〗こと。
こんな私でも、「んじゃ、今回は通訳さんとは○○で繋いで、△△で入室ね」なんてやれてるわけですよ、ほんま。(*^^*)
で、お陰様でシュハリズム研究会の講座も、理事連や協力講師のお陰で、
継続した学習が進み、各講座のグループメンバーは成長著しい。
がんばってるな~~、私たち。
しかし、このコロナで会得したオンライン形式を活用する! というのは、
“できて当たり前”の時代。
(小3の孫なんて、宿題は全てタブレットですもん……汗)
で、このデジタル社会に慣れちゃうと、どうなるかしらん??
もう直接会わなくても、だいたいのことは用が済んじゃう。
LINEで孫や家族と毎日ビデオ通話で会話できるし、、、
Face Bookメッセンジャーで親友と深いいトークもサクサクですやん
遠方で開催される講座もZoom形式ならば、講師陣もこの4年で大体腕は上がってるし、自宅の居間にいながら好きなことを学べる時代。
楽ですよね、実際。
世界中から集まれる場所
費用もぐんと軽減できるし、どこでもDoorのような手軽さ、
終わればすぐに自分の日常に戻れる
で、でもな~~~~と考えたのです、シュハリのメンバーは。
TAは人間性心理学です。
人と人が交流することを研究する学問です。
どうすれば自律的により良く生き、人と関わり、社会に調和して生活できるのか……を自問し、仲間と交流することで自らが学び取っていく。とってもハートフルな心理学です。
もちろん、PC画面で交流はできちゃうんだけれど、ほんとにそれで満足していいの?
もちろん、集まって交流すればゲームも起こるよね、でもそれが本物の学びに繋がるんじゃないかな?
コロナの流行が一旦落ち着いたからかもしれませんが、理事会でそんな話が出るようになったのは、今年に入ってから。
そんなこんなで、現状のオンライン形式を活用しつつ、できるだけ集合形式も気軽に参加してもらえるような工夫をしていこう! ということになったものの……
なかなかみなさん集合形式には戻れないような気配です。
主催者・講師側もその利便性の高さを味わってしまっているので、腰も重い。
でも集う楽しさ、触れ合う豊かさは大切にしたい。その場の「今 ここ」で生まれるリアルな繫がりや学びを取り戻したい
という訳で、今回の夏合宿は『とにかく会って食べてしゃべろうぜ!』となりまして、
わたくしめがこの原稿を無事書き終えた翌日から、一泊みなで浜松に鰻を食しに行くのであります。
残暑厳しいこの時期に、東西の仲間が浜松に集合し、海鮮料理や鰻に舌鼓し、
大いにくっちゃべって、たぶん一緒に温泉に浸かる
なんと、そこでは『初めまして♡』から始まる人たちもいれば、2年も同じ講座でTAを学びながら、『生○○さんだ! やっと会えたね~~』の人たちもいて、
きっと賑やかな2日間になるに違いありません。
なんてすばらしい交流でしょうか!(*^^*)
学問的な学習もよし。でも私達はTAを生きることに熱心な集団ですから、
まず基本に立ち戻り、出会う、触れ合う、認め合う を実践してきます。
私たち人間は交流の生き物です。
私たち人間が2人以上いる場では、そこに交流を生みだす為の〖時間の構造化〗が図られるのだとTAの創始者エリックバーンは主張します。
↓ ひきこもり
↓ 儀式
↓ 暇つぶし
↓ 活動
↓ ゲーム
↓ 親密さ
この無意識に行なわれる時間の構造化で、得られるストロークの質と量が変わってきます。
上から下にストロークの濃さは変化します。
・心理的に引きこもっている段階では、相手との交流は遮断され自己内の内的ストロークからストロークを得る状態。相手から傷つけられる可能性は極めて低いです。
・おはよう!⇔おはよう!
決まりきったやり取りは心理的に安全です。がその儀式の会話からは、感動や変化が起こることはまれでしょう。予測可能性はばっちりですけどね…
・「あのさ、……なんだって」「ええ~~そうなの!」楽しい会話ですね。
Pastime/気晴らしともいわれるこの時間は、お互いに安全な距離感で相手の情報を手に入れられる貴重な時間。うわさ話や楽しいネタで盛り上がるけれども、行動化につながるものは少ないでしょう。
・活動は、そのことに没入しているやりとりの時間で、あっという間に時間は過ぎていく状態。その結果、時には失敗することも。それでも活動であれば、やり切った感が高い時間の過ごし方といえますね。
・そしてそして、活動のやり取りかと思っていたが……。なんだか嫌な空気が漂うやり取りが続き、最後は「えっ!」とか「そんな~~~涙」とかいうような、職場や家庭のどこにでもある、いや~~~な感じの、でもなんどか感じたことのある……という特徴を持つ会話。人それぞれのパターンがあるようです。
・最後のひとつは親密さ。真正なやり取りで、偽りのないストローク交換になります。ただし正直ベースで話すので、特には傷つき度マックスになることも。
2人以上が集まると起こるストローク交換の渦。時には大型台風並みになることだってあるかも・・・
この時間の構造化をより見事に生々しく体験・観察できるのが、集合形式の講座です。
場がいや、その発言が気に入らない… PCの前ならスッと引きこもることも容易にできるけれど、同じ場所にいるとなると、なかなかそうもいかないし。
「お菓子どうぞ」なんて声かけられて、我に返る感じ? 苦笑
TAを知っている人なら「直接関係することでゲームはしたくないなあ」と思うかもです。
が、それもストローク交換。
毎度味わったことのあるストロークですから、ストローク飢餓に陥るよりはまし(‘ω’)ノ
でもどうせなら、真剣に活動し親密性を感じる安心安全な場で学びたいですよね。
人の中で自分を受け入れ、人から学ぶ
リアルな場所と人の集合が、個性と人間力を磨く大事な学習の場になっていく(場が成長していく)と考える派がうちの会の考え方かな。
で、その空間・場所をどう生み出していくのか?
そこに、TAの教育分野の実践家ならではのノウハウがあります。
みなさん、ぜひまた集合形式にご参加ください。
学びの仲間と触れ合いながら、ああでもないこうでもない……ワイワイと学び合う。
そんな〖TAの継続学習の場、学ぶ仲間のいるところ〗をこれからも創っていきたいものです。
んじゃあ、浜松いってきま~~す♡