私たちが生活するうえで、良好な人間関係は欠かせません。
人間関係が良好であれば、幸せな生活がおくれると言えるのではないでしょうか。
アドラー心理学のベストセラー『嫌われる勇気』の中でも
「すべての悩みは対人関係の悩みである」
と紹介されています。
私のこれまでを振り返っても、対人関係で悩んだことが数多くありました。
・言葉の行き違いで仕事がスムーズに進まなくなった。
・相手の言葉、態度から精神的に追い詰められてしまった。
・自分の失敗を気にするあまり、周りの人に不快感を与えてしまった。
など
今思えば、こうしておけばよかった、ああすればよかった、と気がつくことがあります。
今も、問題はおこりますが、以前に比べれば悩みは浅くなったように思います。
それはなぜか?
答えは、TA心理学に出会ったこと、です。
つまり、TA心理学を学ぶことで、人間関係の悩みの原因を理論的に理解できたことにあります。
今ここで何が起こっているのか?
それを知ることで、悩みの深みに入る前に、気持ちを引き止めることができます。
また、問題が行ったとしても、その原因がどこにあるのかを探ることができます。
TA心理学の「TA」とは、「Transactional Analysis」の略称です。
日本語では「交流分析」と訳されています。
正確には、TAと交流分析はイコールではなく、米国式のTAに東洋思想を加味し理論や技法を再構成し日本独自の考え方を加味したものが「交流分析」になっています。
今回は、その詳細は省きますが、この後はTA心理学をTAとして記載します。
◆コミュニケーションは難しい? 問題はなぜ発生するのか?
TAでは
「コミュニケーションの決定権は受け手にある」
と言われています。
普通に会話をしていても、自分がこう思って話していたことが、相手には異なるニュアンスで受け取られてしまうことがあります。
そんな時に、
・どうしてわかってくれないの?
・こう言ったよね
・パワハラを受けた!
など、いろいろな問題が起こります。
仕事で指示をしても、相手に正確に伝わらなければ、ゴールに向かうことはできません。
・指示を出したつもり
・伝えたつもり
・聞いたつもり
・きっとこうだろう
うまくいかなかった後、よく聞く言葉「つもり」「だろう」
「つもり」「だろう」は自分の思い込みから発生します。
思い込みは人と共有しているものではありません。
なので、ひとつの言葉をとってもイメージするものは必ずしも一致しません。
この認識の差が、コミュニケーションを阻害する要因となります。
日常会話や気心の知れた間柄では、多少認識の差があっても気にすることはないでしょう。
ただ、仕事で指示をする場合や相手と同意を得る場合、信頼関係を築く場合などは注意が必要です。
私は会社勤めをしていた時に、誰かに指示を出すときは、できるだけ指示内容を相手に復唱してもらうようにしていました。
それは、相手の理解度を確認するために大変役に立ちました。
明らかに言葉足らずのこともあれば、相手の理解力不足のこともありました。
ただ、確認することで仕事上でのミスの発生を事前に減らすことはできていたと考えています。
確認しお互いの同意が得られれば、指示内容は確実に実施され結果につながります。
この同意をTAではコントラクトと言います。
コントラクトが明確であれば結果に齟齬が生じる可能性は低くなります。
なので、何かを行う時には必ずコントラクトを結ぶことから始めます。
コントラクトが不明確であると、ゴールがぶれてしまい、意図した結果を得られません。
確認を怠った時や指示内容に不安を感じることがあった場合、不思議とミスが生まれます。
そんな時は必ずコントラクトに不明確なところがあります。
コミュニケーションの決定権は受け手にあります。
自分が伝えたいことが、確実に受け手に伝わっているのかを確認することは、とても重要なことなのです。
ハラスメントにも、このことはあてはまりますね。
同じ言葉を投げかけても、人によっては普通の会話として受け取っても、ある人にとっては自分に否定する、攻撃しているように受け取るかもしれません。
相手に伝わるように話すこと。
相手がどのように理解し、感じたのかがとても大切になります。
そう考えると、コミュニケーションは難しいものにもなってきます。
日本には、以心伝心や忖度などという言葉があるように、言語化しなくても相手の意図を察することが良いとする考え方があります。
このような考え方は、日本の社会文化の良い面でもあると思いますが、無用な軋轢を生むことがあります。
ちょっと言葉に出したくない、グレーゾーンにしておきたいこともありますが、その後のトラブルを未然に防ぐためにも、グレーゾーンはなるべく排除しコントラクトをしっかり結び、相手に自分の伝えたいことがしっかり伝わっているのかを確認することが、とても重要です。
「コミュニケーションの決定権は受け手にある」
このことを意識するだけで、コミュニケーションから発生する行き違いやトラブルを減らすことできます。
◆コミュニケーションの種類には言語と非言語があります
相手と意思を通じあわせるために、人は言葉を使います。
そして、あわせて非言語も使っています。
非言語とは、ジェスチャー、声色、口ぶり、顔の表情や視線などのことです。
例えば、
Aさんが「おはようございます」と挨拶をしたら
Bさんが「おはようございます」と返してくれた。
この文章だけ読めば何気ない日常におけるごく普通の温かいあいさつのひとコマのようです。
ところが、Bさんの反応をもう少し詳しく書いてみると
・「おはようございます」と笑顔で返事をする
・「おはようございます」とプイっとそっぽを向いて返事をする
・「おはようございます」と敵意に満ちた目で返事をする
または、
・「……」視線も合わさず、無言で通り過ぎる
という反応かもしれません。
上記の例では、2番目、3番目には温かさはなく、険悪な感じがします。
4番目は言語化していないので、非言語だけで「拒否」を伝えているように受け取れます。
おはようと言ったのに無視されたらイヤな気持ちになりますからね。
このように、人は言葉だけでなく、態度や動作、表情なのでも相手に意思を伝えています。
私たちは、言語、非言語の両方を使ってコミュニケーションをとっています。
非言語のコミュニケーションは幼児期にはとても重要な役割を果たしています。
幼児期は言語をうまく使いこなせません。
赤ちゃんであれば、泣くことが自分の意思を伝える方法になります。
親が話す言葉を聞いていても、赤ちゃんはその意味を理解しているわけではありません。
赤ちゃんにとってコミュニケーションの主体は非言語です。
抱っこする、ほほ笑む、優しく撫でる、など
そのような親の対応(赤ちゃんにとっての体験)が情緒を育みます。
この時期、怒ってばかりいる環境で育った子どもは、何を行うにも親の顔色をうかがうようになる可能性があります。
親に愛情をもって接してもらった子どもは、自由にのびのびと自分の思ったことを行うように育つかもしれません。
私たちは非言語でのコミュニケーションで得た体験を潜在意識に持ち、自動的反射的無意識な反応として表現するようになります。
大人になってからは言語よりも非言語で相手を推し量ろうとすることがあります。
「忖度」「顔色をうかがう」などという言葉は、まさにその状況を表していると思います。
「忖度」「顔色をうかがう」がすべて×ということではないと思いますが、人間関係の軋轢やストレスを生む原因になっていると思います。
私は気難しい人と話をするときには、その人の表情やそれまでの行動を見て、少しでも機嫌がよさそうなときに話を切り出すようにしていました。
機嫌が悪そうなときは、とくに言葉を選んで、表情や反応を確認しながら神経をピリピリさせて話をしていました。
相手が、丁寧な言葉を使って反応しても、話し方、口調、言葉の選び方、視線、態度から、納得しているのか、イライラしているのかが読み取れます。
むしろ言葉より、非言語で発せられているメッセージを受け取り解釈しようとします。
今、私はだれかとコミュニケーションをとるときは、
・事実を伝えること
・あれこれ考えないこと
を心がけています。
とくに、私は、あれこれ考えすぎるきらいがあり、そこで時間を食って止まってしまうことが多くありました。
今も、その傾向はありますが、「事実を伝えること」「あれこれ考えないこと」を意識することで、だいぶコミュニケーションが楽になりました。
反応は人それぞれ。受け手に決定権があります。
受け手の判断を意識しすぎた結果と、意識せず行動した結果に大きな差はありません。
これも、行動してみて私が気がつきました。
良かれと思った言葉の積み上げが相手にとって何の意味がなかったこともありました。
今ここで必要なことを伝え、相手の反応を見て、相手に伝わるようにコミュニケーションする。
これが、できるとコミュニケーションがちょっと楽になります。
コミュニケーションは対処法やテクニックではなく、
相手に伝える、という本質を理解することも重要です。