私は、2019年秋、それまで勤めていた会社を退職し、
現在、個人事業主の立場で活動をしています。
会社を退職するにあたり、いろいろと考えました。
・家族のこと
・これからの生活のこと
・自分が本当にやりたいこと
・自分の得意なこと
など
そんなことを考えていた私が、
退職すると決断ができたのには大きな理由があります。
今振り返ってみると、
それは私にとっての「道」を歩いた結果であり、
今もその道を進んでいるように思います。
よく「点と点が結びついて線になる」と言います。
私の場合も、まさにそんな感じです。
広い草原を彷徨っていた時、経験したことには”しるし”(点)を打っておきました。
あるとき、ふと気がつくと、以前つけておいた点がまた現れます。
それも、全く違うアプローチを辿った結果、同じ点に到着するのです。
そのようなことが50歳を過ぎたくらいから続くようになりました。
すると、点と点の間に線が引かれ、道が見えてきました。
それも、ひとつの組み合わせだけではなく、
いろいろな組み合わせの点がつながって、
彷徨っていた草原で、前に進む道が作られたのです。
道ができると、それまでの不安は解消され、希望に満たされました。
今、私は”キャリアチェンジ”という道を歩み始めました。
【 点と点がつながる 】
「頑張っているのに仕事で評価されない。」
「仕事にモチベーションが持てず、やっても無駄だと感じる」
「求められる結果以上にやっても誰からも評価されない」
「やっても、ありがとうもねぎらいの言葉もない」
仕事の成果を評価されず、感謝もされない。
そんな仕事を続けるのは、苦しいものです。
“人が精神の健康を保つためには、絶え間ない感覚刺激が必要である“と
TAの生みの親、エリックバーンは述べています。
この刺激のことを“ストローク”と呼びます。
ストロークは「存在認知の一単位」と定義されています。
例えば、朝、笑顔で“おはよう”とあいさつすれば
“おはよう”と笑顔で返ってくる。
この日常のありふれた、お互いの存在を認識することがストロークで、
あいさつのやりとりはストロークの交換になります。
あいさつしても無視されると嫌な気持ちになります。
このように期待したストロークが得られないと嫌な気持ちになったのです。
ストロークは、人が生存するために不可欠なものだと言われています。
仕事を評価されない、何のねぎらいの言葉も受けられないとき、
人はまさにストロークがない状態になっています。
人として生まれながらに欲している欲求が
満たされない(ストロークが得られない)ために、
情緒不安定になり、精神的に不健康になってしまいます。
このようにストロークが不足して、
精神的に不安定な状態が続くと、
マイナス感情が蓄積されていきます。
ひとつひとつは小さいものでも、
それらが徐々に積み重なって蓄積されると、
時に大きくのしかかってくることもあります。
そのような社会生活を送っているとき、
自分の中で 何とかしなければ! と変化を求めはじめます。
そのために、必要だと思われる講座に参加するようになります。
ここから、キャリアチェンジに向け「点」が打たれ始めます。
講座そのもの、またはその講座の中で教えてもらう理論や知識には、
「今すぐ役立つ」と思えるものから、
「これから役に立ちそう」
「知っておくとためになりそう」というものまで、
レベルは様々でした。
でも、参加する講座を選ぶ際には、
基本的に私は「直観」を働かせていました。
自分の中に沸き上がる感覚で
「これ!」と反応したものがあったとき、
それを自分自身に問い直し、
「GO!」と自ら決断したものを選んでいました。
なかには会社都合や、なんとなくというものもありましたが、
その後も継続している学び、
今も自分にとってかけがえのない点になっているものは、
「直観」で選んだものがほとんどです。
しっかり自分で決断したものが、その後に活きているのです。
自分の「直観」を信じられたことは、
私の利点になっていると言えます。
直観で選んだ学びや場所、コミュニティは
後に、線となってつながっていきます。
不思議なことですが、私の場合、
点に対してのつながりは1本ではなく、
2本以上のものが数多くあります。
それゆえ、道がはっきり見えたのかもしれません。
私の事例を紹介します。
出発点はBMC(ビジネスモデルキャンバス)との出会いから始まります。
BMCのビジネスをシンプルに可視化する手法に魅かれ、
BMIA(ビジネスモデルイノベーション協会)の認定コンサルタントになります。
ここでできた人とのつながりが大きく私の人生に影響していきました。
ひとつは、TAとの出会いです。
当時理事をしていた方が
「TAは次に来る学びだから絶対に知っていたほうがいい。受けるなら大阪で」
とおっしゃっていました。
私はその話にとても興味を持ちました。
実際その講座を受講された話を聴き
"これは絶対に受けるべき!"
と確信に近いものを感じ、
大阪まで行って講座を受講することになります。
考えてみると、東京ならいざ知らず、
大阪まで旅費をかけて行って受講するというのは、
今思ってもよく決断したなぁと思います。
きっと何か(確信)が私の背中を押したのでしょう。
この受講がきっかけで、
今に至る、私の次のステージのひとつの軸が生まれました。
次の出会いは絵本です。
BMIAで共に学んでいた方たちの多くが、
読書会を開催しファシリテータを務めていました。
読書会に興味があった私は、
ファシリテータの講座を受講します。
そこでお世話になった講師の先生とのつながりが
次の道への第一歩でした。
その方の告知で、絵本講座があることを知り、
開催場所が私の生活圏内だったこともあり、
平日でしたが、参加することを決めました。
これも直観でした。
「絵本」と聞いたとき、
直接、読書会につながる感じがあるわけでもないのに、
強く興味を惹かれました。
おそらく、これまでの経験から、
この先に導かれるものを感じ、
迷わず決断できたのだと思います。
受講した後は、自分の中に絵本が深く浸透し、
もう一つの軸が出来上がりました。
その他にも、これからの人生に影響するだろうものとの出会いがありました。
OriHime は、社会貢献を身近に感じ考える機会を与えてくれました。
今も、OriHimeとともに生きることを考えています。
喫茶ランドリーは居場所を与えてくれました。
コミュニティとして実際に存在する場所でもあると同時に、
精神的なよりどころになる場所にもなってくれました。
その場所に「居る」存在として、コミュニティナースがあります。
町(地域)を見守る存在として、自分のあり方を導いてくれます。
喫茶ランドリーでTAと絵本を使い、コミュニティナースとして地域を見守る
私のひとつの ライフプラン が見えてきました。
バラバラな活動(点)が、
各々が結びついた瞬間、
次々に拡がり形を作っていく。
それも現実世界の動きにつながる過程を
自分で体験することで、
言葉の重みを実感することになりました。
【 運とタイミング 】
このように、様々な経験を重ねながら、
今に至ります。
その時に重要だったと思うのは、
「運」と「タイミング」です。
私は、昭和に生まれ、平成を生き、令和の時代に入りました。
この時代に生きているのも一つの運です。
その運を受け入れ、自分の流れにしたときに、
自分の人生が良い流れに乗っていると感じられます。
悲観的に物事を考えても、なかなか良い考えは浮かびません。
思い返してみると、
自分には運があったと思えることが多々あります。
小学校時代のミニバスケットボール。
その年の県代表に私のいる市のチームの出場が決まっていました。
私は、その選抜に残り全国大会に行くことができました。
島根県での全国大会に行くことで、
小学校の枠から地域、そして全国へと視野が広がりました。
また、選抜チームの一員になれたことは、
私のスポーツに対する自信をもたらしてくれました。
小学校時代のかけっこは、いつもビリかビリから2番目。
背の低かった私がバスケットボールで自信をつけ、
中学に入ってからは、長距離は学校代表、
短距離も人並み以上に速く走ることができるようになっていました。
大学は、図書館情報大学。
新設の国立大学で私が4期生でした。
大学で学んだことは、今も活きています。
ここまで役に立つとは、当時は思ってもみませんでしたが、
学んだ理論は社会が変わっても活かせるものだと実感しています。
大学で学んだ情報リテラシーが、
今も物事を判断するうえで非常に役に立っています。
また、この大学に進んだことで、
私の社会への歩みに大きな影響を及ぼしました。
私は、大学の先輩と一緒に、IT会社を作りました。
私はその会社を退職しましたが、会社は今も存続しています。
平成の時代30年を駆け抜けました。
就職したころは、バブルの時代でした。
バブルの時代だったからこそ、起業ができたと思っています。
このように、社会人になるまでを取り上げても、
いくつかの運が味方をして、私の人生に影響しています。
ただ、そのひとつひとつを逃さないように、
がんばってきた実感はあります。
転がってきたチャンスをうまく拾えたのです。
時には、これ以上ないというチャンスに巡り逢う時もありましたが、
不思議と、自分でタイミングを計っていました。
これ以上ないと思う時でも、
今ではない!
と、ブレーキを踏む自分がいた場合、
決してハンドルを切ることはありませんでした。
ただ、同じ話でも、
今だ!と思えるタイミングであれば、
進んで乗っていきました。
結果論ですが、今、後悔がないのは、
自分の決断に納得しているからだと思っています。
【 さらなる未来に向かって 】
これまでの流れを振り返ってみて、
これからを考えたときに参考になる本があります。
『LIFE SHIFT』
リンダ・グラントン/アンドリュー・スコット 著
池村千秋 訳
この本では人生100年時代を生きるための様々な示唆があります。
その中でも特に私にとって参考になった事柄のひとつに、
「無形資産」というものがあります。
無形資産には3つあります。
①生産性資産・・・仕事に役立つ知識やスキル
②活力資産 ・・・健康や良好な家族関係や友人関係
③変身資産 ・・・変化に応じて自分を変えていく力
無形資産は、
良い人生を送るうえで価値があるだけではなく、
有形資産を形成する支えになる点でも重要な役割を持っています。
今の私は、この3つの資産をうまく蓄積し、
更新してこられたと感じています。
そして、もうひとつが3つのステージです。
① エクスプローラー
・・・ 人生を旅して、自分と世界を再発見する
② インディペンデント・プロデューサー
・・・ 組織に雇われずに自分で仕事を生み出す
③ ポートフォリオ・ワーカー
・・・ 異なる種類の活動を同時に行う
これまでを振り返った時に、
私はエクスプローラーだったと思います。
そして、これからはインディペンデント・プロデューサーとなり、
ポートフォリオ・ワーカーとして働くようになりたいと考えています。
本で示唆されていることは、
これからの人生の進むべき方向性を示してくれます。
そして、もうひとつ。
これからの私の人生の指針となると感じているのが
TAメンター®です。
私は、2021年にひとつのTA関連講座を修了しました。
それは「TAメンター養成コース」です。
当研究会の理事である、あべともこ主催の講座になります。
この講座を受講して、大いに視野が広がりました。
そして今後の人生の軸を得ることができました。
人生100年時代を乗り切るために、
50歳を超えても悩みはあります。
50歳を超えたからこその悩みがあります。
それを思ったとき、
経験や実績、スキル、情報を持っている私が、
それらを手取り足取り教えるのではなく、
メンティー(Mentee:相談者)の精神的な支えとなることが、
自分の進む道に思えました。
このように、LIFE SHIFTとTAメンター®を学ぶことで、
これからの人生の羅針盤を手に入れました。
【 これまでの道とこれからの道 】
これまでの道と
これからの道
道はつながっています。
決して途切れることなくつながっています。
これまでの道で作ってきたノウハウが、
これからの道に活きてゆきます。
歩きやすい道にするのも、
凸凹の道のままにするのも
自分の決断次第です。
自分に自信を持つこと。
自信が持てれば、決断ができます。
TAの哲学(TAの基本的な考え方)は3つあります。
①人は誰でもOKである
②誰もが考える能力を持つ
③自分で自分の運命を決め、その決定を変更することができる
これからの人生。
自分で決めて、うまくいかなければ変更していく
そのように自分の道を創り、歩んでいきたいと願っています。